「ニホンノシンワ」
神話・朗読劇台本
「ニホンノシンワ」
《プロット》
イケメンで気のいい神・オオナムジ(後のオオクニヌシ)は、兄神たちからのイジメに苦しみ、母の勧めでスサノオの国に行くが、そこでも、スサノオから数々の冷たい仕打ちを受ける。
オオクニヌシに一目ぼれしたスサノオのひ・ひ・ひ孫スセリヒメは、蛇を追い払う「白い領巾(ひれ)」とは全然関係のない「ブス・ノート」などというとんでもないアイテムを出して、オオクニヌシを守る。オオクニヌシを襲うはずの蛇も、ヤルタ会談を途中から抜け出てきたようなヤルタノオロチや、ギリシャ神話から時代と国を間違えて出てきたようなメンドクサなど、ふざけた輩(やから)ばかりである。さらに、スサノオの企みで炎にまかれたオオクニヌシを助けるのは、「おむすびころりん」のおじいさんとオオクニヌシを間違えたオトボケネズミだったり、スサノオの宝物がいつの間にか、「ジャックと豆の木」の大男の宝物とごっちゃになったりする。
やっとスサノオの許しを得て、スセリヒメと新しい国を作ることになったオオクニヌシの元に、モトカノ(昔の彼女)のヤガミヒメが訪れたりして気が抜けない。
さらに、アマテラスの命を受け、国を差し出すようオオクニヌシに伝えに来たアメノホヒも混じって、青く輝く海の中に弓なりに浮かぶ美しい島々・葦原(あしはら)の中(なか)つ国(くに)(日本)は、まだまだ波乱含みの将来を暗示させる。
「日本の神話」の一部をモチーフに、コメディタッチに少々風刺も取り入れたパロディ劇。
(N)スサノオ、六代めの子・オオナムジは、イケメンの上に性格も優しいときて、はっきりいって女にモテました。腹違いの八十人もの兄神たちは彼に嫉妬し何度も殺そうとするのですが、その度に母親の活躍により、彼は命を救われるのです。
オオナムジの母「オオナムジよ、このままではおまえはいつか本当に殺されてしまう。
おまえのひいひい、ひいじいさまにあたられるスサノオ様の御許に行かれよ。
そこで彼(か)の人より教えを賜りなさい」
オオナムジ「(ニコニコして)はい、ママ!」
(N)う~ん、少々マザコンの気はあるようですが、とにかくそういうわけでオオナムジは、スサノオの御許・根の国へ旅立ちました。
スセリヒメ「きゃ~! ひいひい、ひいおじい様。
向こうから、すごいイケメンの神様がいらっしゃいます」
スサノオ 「はしたないぞ、スセリヒメ。ふん、あんな奴。
わしの若い頃のほうが、もっとず~っとかっこよかったわい!」
オオナムジ「(元気良く)スサノオノカミ。あなたを尋ねて、はるばるやってきました。
実はこれこれかくかくしかじかで、ママに言われてやってきました」
スサノオ 「(小さな声で)ガキの使いか、おまえは。(普通の声で)事情は分かった。
まずは休まれよ。今夜は、スペシャル・ルームを用意しておる」
オオナムジ「えっ、スペシャル・ルーム? エグゼクティヴ・スウィートですか?」
スサノオ 「どこの星の言葉じゃ」
(N)ところが、実はオオナムジが通された部屋は「蛇の室屋(むろや)」といい、真夜中になると恐ろしい蛇が出てきて、眠っている者の生き血を吸うのでありました。
スセリヒメ「後半のほう、違う話になってません?」
オオナムジ「スペシャル・ルームっていうから期待してたのに、なんか、不気味な部屋だな」
スセリヒメ「(部屋に入ってきて)オオナムジ様」
オオナムジ「わっ、いきなり夜這いは勘弁してください!」
スセリヒメ「違いますよ! (声をひそめて)実はこの部屋には、恐ろしい魔物が住んでおります。
もし危うくなったらこれにその者の名前を……(といってノートを差し出す)」
オオナムジ「ノート? ああ、これがあの有名な……」
スセリヒメ「ブス・ノートです」
オオナムジ「は?」
スセリヒメ「これに名前を書かれた者は、たちまちのうちに、ブスになる……」
オオナムジ「あの~。それって、何か意味があるんですか?」
スセリヒメ「相手はショックで戦意喪失。貴方の命は救われます」
オオナムジ「なんか納得いかないけど、とりあえず、ありがとうございます(ノートを受け取る)」
スセリヒメ「では……(部屋を出て行く)」
オオナムジ「(はっとして)あのぉ! どうやって相手の名前を知るんですか?」
スセリヒメ「……」
オオナムジ「あ~あ、行っちゃったよ」
(N)オオナムジはあきらめて、そのまま眠りにつきました。すると真夜中に、何か言い争うような声が聞こえてきました。
メンドクサ「ああ、めんどくさい。別に今日でなくてもいいけど」
ヤルタノオロチ「いやいや、そんなことを言っていては遅くなるのだ。
誰がどこを取るか、取り分だけは早々と決めておかねば落ち着かん」
メンドクサ「まったく……、ヤルタノオロチ。あんたってば本当に傲慢。
世界は白い蛇だけのためにあると思っているでしょ」
ヤルタノオロチ「さよう。黄色い蛇や黒い蛇には、ほとんど生存権はないと思っている。
しかしワシがそう思っていることを彼らに悟られてはならない。
あくまで建前は、世界の秩序を守るため、
ということにしとかなければならないのだ。しかしメンドクサ。
そういうそなただって傲慢には変わりないぞ。
時代も国も無視してここにいるのじゃからな」
メンドクサ「ああ、めんどくさい。そういうめんどくさいこと言わないでくれる?」
オオナムジ「(M)あの髪の毛が蛇の女は、メドゥサ……、いや、メンドクサとか言ってたな。
そしてあの、偉そうな男の顔を三つ付けてる奴は、
ヤマタノオロチならぬヤルタノオロチか。
いやぁ、ヤマタノオロチなら、スサノオじいさまの武勇伝を聞いているから、
やっつけ方も知ってるんだけど……。
しかし、しめしめ、名前がわかればこっちのものだ(ブス・ノートに何かを書く)」
メンドクサ「きゃーっ! 何? ヤルタノオロチ! あんたの顔、なんだか面白くなっていく!」
ヤルタノオロチ「そなたの顔もじゃ、メンドクサ。
いやいや、こりゃ、傑作じゃ!はぁっはっはっはっ!」
メンドクサ「きゃーっはっはっは!」
二人、楽しそうに笑い続ける。
オオナムジ「なんだ。ブスって、人を幸せにするんじゃないか」
ヤルタノオロチ「もう領地や取り分のことはどうでもよくなった。
そんなみみっちい考えは、もうヤメタノオロチ!」
メンドクサ「(面白そうに笑いながら)きゃーっ、何その下手なしゃれ!
全然面白くな~い! きゃっはっは……」
ヤルタノオロチ「ちょっと呑みにいかないか?」
メンドクサ「いいわね。そういうのは全然めんどくさくないわ。久しぶりにウワバミの本領発揮ね」
二人、楽しそうに笑いながら消える(退場か、暗転)。
オオナムジ「恐るべし、ブス・ノート!」
(N)さて、翌朝。ぐっすりと眠れたような清清しい顔をして起き出し てきたオオナムジを見て、スサノオは面白くありません。そもそ も、何故スサノオがこんなに自分のひいひい、ひい孫をいじめる のか、その理由も分かりません。だいたい、イザナギとイザナミ の婚礼の式のときだって、女から声をかけたら、生まれた子は骨 無しの醜い子で、男から声をかけなおしたら、大八島(おおやしま)という立派 な島々が生まれたなんて、全然意味分かりません。フェミニズム 団体が聞いたらどう思うでしょう。
スサノオ 「オオナムジ。夕べはよく眠れたようじゃな。
では、眠気覚ましに、この鏑(かぶら)矢(や)を取ってくるがよい」
スサノオ、大きな弓を掴み、鏑矢をつがえると、遠くに向かってそれを射る
(ジェスチャーだけでもよい。またはナレーション)。
オオナムジ「ワン!(と言って取りに行くそぶり)」
スセリヒメ「(ひとり言のように)ポチか、おまえは」
オオナムジ「ああっ、鏑矢を取りに来たはいいけれど、何故か回りを、炎に囲まれてしまった!」
スサノオ 「(いやらしい声で)ふぇーっふぇっふぇっふぇっ(笑い)」
スセリヒメ「クソ根性悪いじいさんやな……」
声 「貴方様、どうぞこちらへ。この穴の中へ」
オオナムジ、きょろきょろする。やがて足元を見る。
オオナムジ「ネズミさん。助けてくれるんですか?」
ネズミ 「ええ。だってあなた、前に穴の中におにぎり落っことしてくれたでしょう?」
オオナムジ「う~ん、実はそれは僕じゃないと思うんだけど。でも、ラッキー!」
(N)オオナムジはすんでのところで穴の中に飛び込み、九死に一生を得ました。
スセリヒメ「オオナムジ様! オオナムジ様!」
オオナムジ「スセリヒメ!」
スセリヒメ「ああ、ご無事でしたのね。よかった」
オオナムジ「危ないところでした」
スセリヒメ「あのじじぃ~」
オオナムジ「えっ?」
スセリヒメ「(ばつが悪そうに)いえ……。でも、このままでは、いつか貴方様は……。
やっぱり、スサノオノカミをなんとかしなくては」
オオナムジ「殺(や)りますか」
スセリヒメ「(冷めた様子で)それはまずいでしょう」
オオナムジ「ですよね」
スセリヒメ「私にいい考えがあります」
(N)オオナムジとスセリヒメは、スサノオが眠るのを待ちました。 そして彼が眠りにつくと、その髪の毛を一握りずつ、大広間の太い 柱や垂木(たるき)にしっかりと結びつけ、それから、スサノオの宝物・イ クタチ、イクユミヤという素晴しい太刀と弓矢と、金の竪琴と、 金の卵を産む鶏を持って、スサノオの御殿を出て行きました。
スセリヒメ「うまくいったわね。ジャック」
オオナムジ「(ふてくされて)それ違う話」
スサノオ 「(目を覚まして)貴様ら~!」
スセリヒメ「ああ、もう起きた」
オオナムジ「テラヤバス!」
(N)しかしスサノオは、髪の毛が柱に結び付けられていて身動きがとれません。
スサノオ 「(もだえながら)うお~! (しかし、どうしても身動きが取れないので、
ころりと態度を変えて優しい声で)達者で暮らせよ~」
スセリヒメ、オオナムジ、がくっとくる。
スセリヒメ「意外に粘りがないのね」
オオナムジ「しかし、これで自由の身になった」
スサノオ 「おお~い、オオナムジよ。その宝物を使って、おまえを苦しめた者らを追い払え。
それからおまえ、名前をオオクニヌシと改め、地の上の国の主となれ。
立派な御殿を造り、スセリヒメと幸せにな。このかわいいやつめ。
ぐわっはっはっはっ……」
オオクニヌシ(オオナムジ)「うわぁっ、今度は、かわいいやつだって。よく分からない人だなあ」
(N)数々の冷たい仕打ちは、オオクニヌシを試すためだったのでしょ うか。ほんとかな~?
いやはや、親心とは、なかなか複雑なものでございます。
さて、根の国から帰ったオオクニヌシは、イクタチ・イクユミヤを使って八十人の兄神たちを
追い払い、国造りを始めました。
そのころ、オオクニヌシを尋ねて、ヤガミヒメという美しい女性がやってまいりました。
ヤガミヒメ「オオナムジ様。いいえ、今はオオクニヌシ様でございましたね。
私のことはお忘れですか?」
オオクニヌシ「(震えながら)ああ、そなたは……」
ヤガミヒメ「そう。因幡の白ウサギを心優しく助けてくださった貴方に恋焦がれて、
貴方の兄神さまたちのプロポーズをことごとく断り、
貴方様だけをお慕い申してきたヤガミヒメでございます」
オオクニヌシ「しかしヤガミヒメ。神話では、僕にすでに妻がいることを知ったあなたは、
生まれた子を木の股に挟み、そっと因幡の国へ帰っていくはずではございませ
んか」
ヤガミヒメ「その木の股に挟まれた子は、キノマタノカミという……とか、
(ころっと声の調子を変えて急に怒り出す)神々の名前の由来はどうでもよろしい!
結局貴方は、私というものがありながら、
そこのあつかましい女とできてしまった不埒(ふらち)者ではありませんか!」
スセリヒメ「まあ、あつかましいですって。誰のおかげでオオクニヌシ様は、
ここにこうして無事でおいでになると思ってるの?」
オオクニヌシ「まあまあ、二人とも。喧嘩はよくない。仲良くしようじゃないか」
(N)三人がああでもないこうでもないと、埒の明かないことですった
もんだやっていると、向こうから、立派な身なりをした、何処かの
国の神とおぼしき人物がやってまいりました。
アメノホヒ「もし」
オオクニヌシ、スセリヒメ、ヤガミヒメ、アメノホヒを無視して言い争いを続けている。
アメノホヒ「もし」
三人、相変わらず言い争っている。
アメノホヒ「(大声で)もしも~し!」
オオクニヌシ「ああ、びっくりした。どちらさまでしょうか?」
アメノホヒ「私は、高天原(たかまがはら)に住む日の神・アマテラス様の使いで参りました、
アメノホヒと申すものでございます。アマテラス様よりご伝言がございます。
青く輝く海の中に弓なりに浮かぶこの美しい島々・葦原(あしはら)の中(なか)つ国を
治むるは、アマテラス様の子孫であらせられるアメノオシホミミ様にほかなりませぬ
ゆえ、穏やかに国を差し出せよ、とのことでございます」
オオクニヌシ「うわっ、ずいぶん唐突ですね。っていうか、国造りはまだ途中ですし、
神話によれば、貴方がいらっしゃるのは、ずいぶん後になってからではな
いでしょうか?」
アメノホヒ「厳しい現代を生き抜くには、先々を見通さなければならないのです」
オオクニヌシ「ずいぶん気の早い話ですね。
それにしても、今どうこうしろなんて、青田買いもいいとこだし」
アメノホヒ「まずいですか?」
オオクニヌシ「青田買いはまずいでしょう。やっぱり」
アメノホヒ「では、どうすればよろしいでしょう」
オオクニヌシ「とりあえず、ゆっくりされたらいかがですか?
長旅でお疲れでしょうし」
アメノホヒ「とりあえず……ですか」
オオクニヌシ「はい。では、おおい、とりあえず、ビール!」
誰も何も持ってこない。
オオクニヌシ「(自分で返事をする)は~い!」
(N)オオクニヌシは自ら、アメノホヒを歓迎する宴の準備を始めました。
アメノホヒ「いやぁ、オオクニヌシ様。器用なものですな。
お料理がこんなにお上手とは存じ上げませんでした」
オオクニヌシ「なあに、これからの男は料理ぐらいできないと話になりません。
掃除、洗濯もあたりまえです。
これができるかできないかで、定年後は天国と地獄ほどの格差ですから」
アメノホヒ「亭主在宅時ストレス症候群などという言葉は、聞きたくありませんからね」
スセリヒメ「あらあら、ずいぶん楽しそうだこと」
オオクニヌシ「やあ、スセリヒメ。そなたもどうだ、一杯」
ヤガミヒメ「あら、私をお忘れですか?」
オオクニヌシ「とんでもない、ヤガミヒメ。どうです、まあまあ、そなたも一杯」
アメノホヒ「いやあ、『色男、金と力はなかりけり』などと、貴方を見ていると、
あれは嘘だと分かりますな」
オオクニヌシ「(愉快そうに)いやあ、力は少々あるかもしれませんが、金はありません!
わ~っはっはっはっ……」
あとの三人も、つられて笑う。
(N)こうして、アメノホヒは、オオクニヌシにうまく丸め込まれ……いえいえ……なんと申しましょうか……とりあえず……そんな訳で……どんな訳だか訳分かりませんが……とにかくこの、少々女にはだらしないが気のいい神・オオクニヌシのせいでアマテラスは、またまた、いらいらを募らせることになってしまいます。
そうして、いよいよ彼女がその思いを遂げるのは、ずいぶん後々(のちのち)になってからの話で
ございますが、それはまた、次の機会に。
それでは、お後(あと)がよろしいようで……。
なお、この物語はフィクションです。
了