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「ニホンノシンワ」

神話・朗読劇台本

「ニホンノシンワ」 

   

《プロット》

イケメンで気のいい神・オオナムジ(後のオオクニヌシ)は、兄神たちからのイジメに苦しみ、母の勧めでスサノオの国に行くが、そこでも、スサノオから数々の冷たい仕打ちを受ける。

 オオクニヌシに一目ぼれしたスサノオのひ・ひ・ひ孫スセリヒメは、蛇を追い払う「白い領巾(ひれ)」とは全然関係のない「ブス・ノート」などというとんでもないアイテムを出して、オオクニヌシを守る。オオクニヌシを襲うはずの蛇も、ヤルタ会談を途中から抜け出てきたようなヤルタノオロチや、ギリシャ神話から時代と国を間違えて出てきたようなメンドクサなど、ふざけた輩(やから)ばかりである。さらに、スサノオの企みで炎にまかれたオオクニヌシを助けるのは、「おむすびころりん」のおじいさんとオオクニヌシを間違えたオトボケネズミだったり、スサノオの宝物がいつの間にか、「ジャックと豆の木」の大男の宝物とごっちゃになったりする。

 やっとスサノオの許しを得て、スセリヒメと新しい国を作ることになったオオクニヌシの元に、モトカノ(昔の彼女)のヤガミヒメが訪れたりして気が抜けない。

 さらに、アマテラスの命を受け、国を差し出すようオオクニヌシに伝えに来たアメノホヒも混じって、青く輝く海の中に弓なりに浮かぶ美しい島々・葦原(あしはら)の中(なか)つ国(くに)(日本)は、まだまだ波乱含みの将来を暗示させる。

 「日本の神話」の一部をモチーフに、コメディタッチに少々風刺も取り入れたパロディ劇。

 

 

 

(N)スサノオ、六代めの子・オオナムジは、イケメンの上に性格も優しいときて、はっきりいって女にモテました。腹違いの八十人もの兄神たちは彼に嫉妬し何度も殺そうとするのですが、その度に母親の活躍により、彼は命を救われるのです。

 

オオナムジの母「オオナムジよ、このままではおまえはいつか本当に殺されてしまう。
      おまえのひいひい、ひいじいさまにあたられるスサノオ様の御許に行かれよ。
      そこで彼(か)の人より教えを賜りなさい」

オオナムジ「(ニコニコして)はい、ママ!」

 

(N)う~ん、少々マザコンの気はあるようですが、とにかくそういうわけでオオナムジは、スサノオの御許・根の国へ旅立ちました。

 

スセリヒメ「きゃ~! ひいひい、ひいおじい様。
      向こうから、すごいイケメンの神様がいらっしゃいます」

スサノオ 「はしたないぞ、スセリヒメ。ふん、あんな奴。
      わしの若い頃のほうが、もっとず~っとかっこよかったわい!」

オオナムジ「(元気良く)スサノオノカミ。あなたを尋ねて、はるばるやってきました。
      実はこれこれかくかくしかじかで、ママに言われてやってきました」

スサノオ 「(小さな声で)ガキの使いか、おまえは。(普通の声で)事情は分かった。
      まずは休まれよ。今夜は、スペシャル・ルームを用意しておる」

オオナムジ「えっ、スペシャル・ルーム? エグゼクティヴ・スウィートですか?」

スサノオ 「どこの星の言葉じゃ」

 

(N)ところが、実はオオナムジが通された部屋は「蛇の室屋(むろや)」といい、真夜中になると恐ろしい蛇が出てきて、眠っている者の生き血を吸うのでありました。

スセリヒメ「後半のほう、違う話になってません?」

 

オオナムジ「スペシャル・ルームっていうから期待してたのに、なんか、不気味な部屋だな」

スセリヒメ「(部屋に入ってきて)オオナムジ様」

オオナムジ「わっ、いきなり夜這いは勘弁してください!」

スセリヒメ「違いますよ! (声をひそめて)実はこの部屋には、恐ろしい魔物が住んでおります。
      もし危うくなったらこれにその者の名前を……(といってノートを差し出す)」

オオナムジ「ノート? ああ、これがあの有名な……」

スセリヒメ「ブス・ノートです」

オオナムジ「は?」

スセリヒメ「これに名前を書かれた者は、たちまちのうちに、ブスになる……」

オオナムジ「あの~。それって、何か意味があるんですか?」

スセリヒメ「相手はショックで戦意喪失。貴方の命は救われます」

オオナムジ「なんか納得いかないけど、とりあえず、ありがとうございます(ノートを受け取る)」

スセリヒメ「では……(部屋を出て行く)」

オオナムジ「(はっとして)あのぉ! どうやって相手の名前を知るんですか?」

スセリヒメ「……」

オオナムジ「あ~あ、行っちゃったよ」

 

(N)オオナムジはあきらめて、そのまま眠りにつきました。すると真夜中に、何か言い争うような声が聞こえてきました。

 

メンドクサ「ああ、めんどくさい。別に今日でなくてもいいけど」

ヤルタノオロチ「いやいや、そんなことを言っていては遅くなるのだ。
      誰がどこを取るか、取り分だけは早々と決めておかねば落ち着かん」

メンドクサ「まったく……、ヤルタノオロチ。あんたってば本当に傲慢。
      世界は白い蛇だけのためにあると思っているでしょ」

ヤルタノオロチ「さよう。黄色い蛇や黒い蛇には、ほとんど生存権はないと思っている。
      しかしワシがそう思っていることを彼らに悟られてはならない。
      あくまで建前は、世界の秩序を守るため、
      ということにしとかなければならないのだ。しかしメンドクサ。
      そういうそなただって傲慢には変わりないぞ。
      時代も国も無視してここにいるのじゃからな」

メンドクサ「ああ、めんどくさい。そういうめんどくさいこと言わないでくれる?」

オオナムジ「(M)あの髪の毛が蛇の女は、メドゥサ……、いや、メンドクサとか言ってたな。
      そしてあの、偉そうな男の顔を三つ付けてる奴は、
      ヤマタノオロチならぬヤルタノオロチか。
      いやぁ、ヤマタノオロチなら、スサノオじいさまの武勇伝を聞いているから、
      やっつけ方も知ってるんだけど……。
      しかし、しめしめ、名前がわかればこっちのものだ(ブス・ノートに何かを書く)」

メンドクサ「きゃーっ! 何? ヤルタノオロチ! あんたの顔、なんだか面白くなっていく!」

ヤルタノオロチ「そなたの顔もじゃ、メンドクサ。
      いやいや、こりゃ、傑作じゃ!はぁっはっはっはっ!」

メンドクサ「きゃーっはっはっは!」

 二人、楽しそうに笑い続ける。

オオナムジ「なんだ。ブスって、人を幸せにするんじゃないか」

ヤルタノオロチ「もう領地や取り分のことはどうでもよくなった。
      そんなみみっちい考えは、もうヤメタノオロチ!」

メンドクサ「(面白そうに笑いながら)きゃーっ、何その下手なしゃれ!
      全然面白くな~い! きゃっはっは……」

ヤルタノオロチ「ちょっと呑みにいかないか?」

メンドクサ「いいわね。そういうのは全然めんどくさくないわ。久しぶりにウワバミの本領発揮ね」

 二人、楽しそうに笑いながら消える(退場か、暗転)。

オオナムジ「恐るべし、ブス・ノート!」

 

(N)さて、翌朝。ぐっすりと眠れたような清清しい顔をして起き出し てきたオオナムジを見て、スサノオは面白くありません。そもそ も、何故スサノオがこんなに自分のひいひい、ひい孫をいじめる のか、その理由も分かりません。だいたい、イザナギとイザナミ の婚礼の式のときだって、女から声をかけたら、生まれた子は骨 無しの醜い子で、男から声をかけなおしたら、大八島(おおやしま)という立派 な島々が生まれたなんて、全然意味分かりません。フェミニズム 団体が聞いたらどう思うでしょう。

 

スサノオ 「オオナムジ。夕べはよく眠れたようじゃな。
      では、眠気覚ましに、この鏑(かぶら)矢(や)を取ってくるがよい」

 スサノオ、大きな弓を掴み、鏑矢をつがえると、遠くに向かってそれを射る
 (ジェスチャーだけでもよい。またはナレーション)。

オオナムジ「ワン!(と言って取りに行くそぶり)」

スセリヒメ「(ひとり言のように)ポチか、おまえは」

 

オオナムジ「ああっ、鏑矢を取りに来たはいいけれど、何故か回りを、炎に囲まれてしまった!」

スサノオ 「(いやらしい声で)ふぇーっふぇっふぇっふぇっ(笑い)」

スセリヒメ「クソ根性悪いじいさんやな……」

声    「貴方様、どうぞこちらへ。この穴の中へ」

 オオナムジ、きょろきょろする。やがて足元を見る。

オオナムジ「ネズミさん。助けてくれるんですか?」

ネズミ  「ええ。だってあなた、前に穴の中におにぎり落っことしてくれたでしょう?」

オオナムジ「う~ん、実はそれは僕じゃないと思うんだけど。でも、ラッキー!」

(N)オオナムジはすんでのところで穴の中に飛び込み、九死に一生を得ました。

 

スセリヒメ「オオナムジ様! オオナムジ様!」

オオナムジ「スセリヒメ!」

スセリヒメ「ああ、ご無事でしたのね。よかった」

オオナムジ「危ないところでした」

スセリヒメ「あのじじぃ~」

オオナムジ「えっ?」

スセリヒメ「(ばつが悪そうに)いえ……。でも、このままでは、いつか貴方様は……。
      やっぱり、スサノオノカミをなんとかしなくては」

オオナムジ「殺(や)りますか」

スセリヒメ「(冷めた様子で)それはまずいでしょう」

オオナムジ「ですよね」

スセリヒメ「私にいい考えがあります」

 

(N)オオナムジとスセリヒメは、スサノオが眠るのを待ちました。 そして彼が眠りにつくと、その髪の毛を一握りずつ、大広間の太い 柱や垂木(たるき)にしっかりと結びつけ、それから、スサノオの宝物・イ クタチ、イクユミヤという素晴しい太刀と弓矢と、金の竪琴と、 金の卵を産む鶏を持って、スサノオの御殿を出て行きました。

 

スセリヒメ「うまくいったわね。ジャック」

オオナムジ「(ふてくされて)それ違う話」

スサノオ 「(目を覚まして)貴様ら~!」

スセリヒメ「ああ、もう起きた」

オオナムジ「テラヤバス!」

(N)しかしスサノオは、髪の毛が柱に結び付けられていて身動きがとれません。

スサノオ 「(もだえながら)うお~! (しかし、どうしても身動きが取れないので、
      ころりと態度を変えて優しい声で)達者で暮らせよ~」

スセリヒメ、オオナムジ、がくっとくる。

スセリヒメ「意外に粘りがないのね」

オオナムジ「しかし、これで自由の身になった」

スサノオ 「おお~い、オオナムジよ。その宝物を使って、おまえを苦しめた者らを追い払え。
      それからおまえ、名前をオオクニヌシと改め、地の上の国の主となれ。
      立派な御殿を造り、スセリヒメと幸せにな。このかわいいやつめ。
      ぐわっはっはっはっ……」

オオクニヌシ(オオナムジ)「うわぁっ、今度は、かわいいやつだって。よく分からない人だなあ」

 

(N)数々の冷たい仕打ちは、オオクニヌシを試すためだったのでしょ うか。ほんとかな~? 

いやはや、親心とは、なかなか複雑なものでございます。

 

 さて、根の国から帰ったオオクニヌシは、イクタチ・イクユミヤを使って八十人の兄神たちを
 追い払い、国造りを始めました。

 そのころ、オオクニヌシを尋ねて、ヤガミヒメという美しい女性がやってまいりました。

 

ヤガミヒメ「オオナムジ様。いいえ、今はオオクニヌシ様でございましたね。
      私のことはお忘れですか?」

オオクニヌシ「(震えながら)ああ、そなたは……」

ヤガミヒメ「そう。因幡の白ウサギを心優しく助けてくださった貴方に恋焦がれて、
      貴方の兄神さまたちのプロポーズをことごとく断り、
      貴方様だけをお慕い申してきたヤガミヒメでございます」

オオクニヌシ「しかしヤガミヒメ。神話では、僕にすでに妻がいることを知ったあなたは、
      生まれた子を木の股に挟み、そっと因幡の国へ帰っていくはずではございませ
      んか」

ヤガミヒメ「その木の股に挟まれた子は、キノマタノカミという……とか、
      (ころっと声の調子を変えて急に怒り出す)神々の名前の由来はどうでもよろしい!
      結局貴方は、私というものがありながら、
      そこのあつかましい女とできてしまった不埒(ふらち)者ではありませんか!」

スセリヒメ「まあ、あつかましいですって。誰のおかげでオオクニヌシ様は、
      ここにこうして無事でおいでになると思ってるの?」

オオクニヌシ「まあまあ、二人とも。喧嘩はよくない。仲良くしようじゃないか」

 

(N)三人がああでもないこうでもないと、埒の明かないことですった

もんだやっていると、向こうから、立派な身なりをした、何処かの

国の神とおぼしき人物がやってまいりました。

 

アメノホヒ「もし」

 オオクニヌシ、スセリヒメ、ヤガミヒメ、アメノホヒを無視して言い争いを続けている。

アメノホヒ「もし」

 三人、相変わらず言い争っている。

アメノホヒ「(大声で)もしも~し!」

オオクニヌシ「ああ、びっくりした。どちらさまでしょうか?」

アメノホヒ「私は、高天原(たかまがはら)に住む日の神・アマテラス様の使いで参りました、
      アメノホヒと申すものでございます。アマテラス様よりご伝言がございます。
      青く輝く海の中に弓なりに浮かぶこの美しい島々・葦原(あしはら)の中(なか)つ国を
      治むるは、アマテラス様の子孫であらせられるアメノオシホミミ様にほかなりませぬ
      ゆえ、穏やかに国を差し出せよ、とのことでございます」

オオクニヌシ「うわっ、ずいぶん唐突ですね。っていうか、国造りはまだ途中ですし、
      神話によれば、貴方がいらっしゃるのは、ずいぶん後になってからではな
      いでしょうか?」

アメノホヒ「厳しい現代を生き抜くには、先々を見通さなければならないのです」

オオクニヌシ「ずいぶん気の早い話ですね。
      それにしても、今どうこうしろなんて、青田買いもいいとこだし」

アメノホヒ「まずいですか?」

オオクニヌシ「青田買いはまずいでしょう。やっぱり」

アメノホヒ「では、どうすればよろしいでしょう」

オオクニヌシ「とりあえず、ゆっくりされたらいかがですか?
      長旅でお疲れでしょうし」

アメノホヒ「とりあえず……ですか」

オオクニヌシ「はい。では、おおい、とりあえず、ビール!」

 誰も何も持ってこない。

オオクニヌシ「(自分で返事をする)は~い!」

 

(N)オオクニヌシは自ら、アメノホヒを歓迎する宴の準備を始めました。

 

アメノホヒ「いやぁ、オオクニヌシ様。器用なものですな。
      お料理がこんなにお上手とは存じ上げませんでした」

オオクニヌシ「なあに、これからの男は料理ぐらいできないと話になりません。
      掃除、洗濯もあたりまえです。
      これができるかできないかで、定年後は天国と地獄ほどの格差ですから」

アメノホヒ「亭主在宅時ストレス症候群などという言葉は、聞きたくありませんからね」

スセリヒメ「あらあら、ずいぶん楽しそうだこと」

オオクニヌシ「やあ、スセリヒメ。そなたもどうだ、一杯」

ヤガミヒメ「あら、私をお忘れですか?」

オオクニヌシ「とんでもない、ヤガミヒメ。どうです、まあまあ、そなたも一杯」

アメノホヒ「いやあ、『色男、金と力はなかりけり』などと、貴方を見ていると、
      あれは嘘だと分かりますな」

オオクニヌシ「(愉快そうに)いやあ、力は少々あるかもしれませんが、金はありません!
      わ~っはっはっはっ……」

 あとの三人も、つられて笑う。

 

(N)こうして、アメノホヒは、オオクニヌシにうまく丸め込まれ……いえいえ……なんと申しましょうか……とりあえず……そんな訳で……どんな訳だか訳分かりませんが……とにかくこの、少々女にはだらしないが気のいい神・オオクニヌシのせいでアマテラスは、またまた、いらいらを募らせることになってしまいます。

 そうして、いよいよ彼女がその思いを遂げるのは、ずいぶん後々(のちのち)になってからの話で
 ございますが、それはまた、次の機会に。

 それでは、お後(あと)がよろしいようで……。

 なお、この物語はフィクションです。

 


「愛のろけんち~露見値」(冒頭)

登場人物

斉藤隆(りゅう)吾(ご)(三十九歳) サラリーマン
斉藤恵 (三十六歳)  隆吾の妻
斉藤圭吾(十二歳)    隆吾の息子 中一
斉藤恵美(十歳)     隆吾の娘  小四

近藤真由美(三十歳) 主婦
近藤貞夫(三十九歳) 真由美の夫
早田慎太郎(五十五歳) 医師

原黒世故三  謎のセールスマン
白田     謎の老人

箱崎  (六十歳)    裁判官
久米  (四十二歳)  弁護士
戸倉  (五十歳)    検事

有美子 (二十歳)  回想の中の恵の友だち
恵   (二十歳)回想の中・隆吾の将来の妻
男 (年齢不詳)    たぶん浮浪者(回想の中)
警察官
看守
近藤家のメイド
会社員
角野          近所の主婦(恵のお喋り相手)
横山     近所の主婦(恵のお喋り相手)


○ホテルの一室(夜)
スイートルームのような広い部屋。
クイーンサイズのベッドに、全裸の男女二人が横になっている。
男性(隆(りゅう)吾(ご))は横向きで気持ちよさそうに眠っている。
女性(真由美)は仰向け、首に絞められたような跡がある。死んでいるようだ。
隆吾、目を覚ます。
寝ぼけてあたりを見回す。あれ、ここはどこだ? というような表情。
やがて横で死んでいる真由美を見る。
みるみる顔色が変わる隆吾。
隆吾「……!」

(回想) バーの中
カウンター席で乾杯をしている隆吾と真由 美
      ×   ×   ×
ホテルの一室
とても美しい顔で死んでいる真由美。
ひきつった顔の隆吾。
     ×   ×   ×
(回想) ホテルの廊下
酔ってふらふらの真由美を抱きかかえるようにして、廊下を歩いている隆吾。
他人とすれ違う。気まずそうに顔を隠す隆吾。
     ×   ×   ×
ホテルの部屋
何かを必死に思い出そうとしている隆吾。
苦悶の表情。
     ×   ×   ×
(回想) ホテルの一室
ベッドの上で激しく愛し合う隆吾と真由美。
     ×   ×   ×
ホテルの部屋
おろおろしだす隆吾。
     ×   ×   ×
ホテルの一室(回想)
ベッドの上で、真由美、恍惚の表情。
隆吾、満足そうな表情で真由美の上に乗っている。
真由美「ああ……いいわ。幸せ」
隆吾「はあ、はあ」
真由美「……殺して……」
隆吾「――えっ?」
真由美「……いま、このまま、幸せの絶頂で死にたい……」
隆吾「(ひきつった笑い)君は、何を……?」
真由美「(もだえながら)「殺して」
隆吾「……」
真由美「殺して」
隆吾「……」
真由美「殺して」
隆吾「――あの、君……、エロ小説の読み過ぎじゃ……」
真由美「(もだえながら)ああんっ。殺して、いま殺して。すぐ殺して、ここで殺して!」
隆吾、真由美の首に両手をかける。
二人、恍惚の表情のまま、果てる。

○同じホテルの一室
両手で顔を覆う隆吾。
隆吾「ああ、俺は、なんてことを……」
ベッドから降りて部屋の中をうろうろする。
頭をかきむしりながら窓のほうへ。
窓からは美しい夜景が見える。
突然、窓の外に男の顔。
びっくりして後ろに飛びのく隆吾。
男(謎のセールスマン・原黒世故三)、窓を素通りして部屋のなかに入ってくる。
隆吾「(床に倒れ込んで)びゃ~っっ!」
原黒「いかがでしたか? お試し企画は」
隆吾「は?」
原黒「ベストセラー小説のストーリーの体験企画ですよ」
隆吾「……」
原黒「お試しを体験なさって気に入ったら、モニターになって下さるとおっしゃったじゃないですか」
隆吾「(何かを思い出したように)ああ……」
原黒「いかがでした?」
隆吾「(原黒を指さして)未来の国から来たセールスマンさん」
原黒「いえ、パラレルワールドです」(そう言いながら隆吾に名刺を渡す)
名刺には、『バーチャルリアリティコーディネーター 原黒世故三』と書いてある。
隆吾「映画や小説の登場人物と同じ体験を、バーチャルリアリティーの世界で客に味わわせて、その報酬で潤っている……」
原黒「(にんまりして)おいしい商売です」
隆吾「報酬は、本当だったら、現金三百万か、『未来の喜び』」
原黒「それがいまはキャンペーン期間で、モニター契約をしたお客様には無料でバーチャルの至福を味わっていただいているとお話しました」
隆吾「本当だったら、こんなおいしい体験できるのは、三百万をポンと払える金持ちか、未来を捨てた人間だけ」
原黒「ですが今はキャンペーン期間なので……」
隆吾「しがない安サラリーマンの俺にも、そんな目くるめく夢のような時間を過ごすチャンスが与えられる」
原黒「いかがですか?」
隆吾「(にんまりして)悪くないですねぇ」
原黒「ありがとうございます」
                  
「愛のろけんち~露見値」   『想い出バイヤー』収録

「万葉時空」

 

登場人物

 

額田貴 三十四歳 会社員

万葉(まよ) 二十六歳 謎の女性

由紀 三十歳 貴の妻

貴の子供(男の子)

貴の父母

男子学生四人

女子学生二人

高校教師(男性)

医師

 

○奈良県・宇陀郡 曽爾(そに)高原(夕方)

 ススキの原の中に立ち尽くす男性(貴)

 手に手紙のようなものを持っている。

貴(心の声)「生まれ故郷でもないのに、何故か懐かしいこの街。その訳がやっと分かった」

目を閉じる貴

貴(心の声)「万葉(まよ)さん……」

 ススキの原に立つ貴・俯瞰の図

 

○奈良県・大和高田市、大中公園(春)

 花見客で賑わう高田川沿いの千本桜の中を歩く夫婦(貴の両親) 。少し遅れてついていく五歳の貴。

両親、言い争い。

母「やめて、あなた。もっと小さな声で。こんなの、貴に聞かせたくないわ」

父「俺だって、旅先でまでこんな話したくないさ。でも、早く白黒つけないと。
  子供は案外察しがいいもんだよ」

 両親のただならぬ雰囲気に、足運びが遅れがちになる貴。

気分転換のつもりか、しばらく桜に見とれる。そのうち、両親の姿を見失う。

真っ青になって二人を捜す貴。でも見つからない。べそをかく。

二十代半ばの美しい女性(万葉)桜の陰から貴を見つめる。

貴に話しかける万葉。涙を拭く貴。

ある方向を指差す万葉。貴、そっちを見る。

両親が心配そうな顔で貴を待っている。両親のもとに走っていく貴。

母親の手を握り、万葉のほうを振り向く貴。

万葉、遠くでにこにこしながら貴を見ている。

 

○奈良県・橿原(かしはら)市 今井町

 修学旅行生とおぼしき制服姿の学生たちが数人単位で町を散策している。

 一人の男子生徒(十七歳の貴)が走っている。その後ろを四、五人の男子学生が追いかけている。

 男子学生たち、走りながら路地に入る。

 貴、追いかけていた一人に追いつかれ、転ばされる。

 追いかけていた学生たち、貴を蹴ったり殴ったりする。

学生1「いい子ぶんなよな」

学生2「親孝行息子の振りしてよぉ」

学生3「母子家庭のくせに、大学推薦希望してんじゃねえよ」

貴、倒れたまま暴力に耐える。

コツコツと足音がする。万葉、突然現われて貴に覆いかぶさる。男子学生たち面食らう。

学生4「なんだ、このオバサン!」

学生5「きしょっ!(気色悪い)頭おかしいんじゃねえの?」

 ぶつぶつ言いながら走り去る男子学生たち。

 倒れたままの貴にハンカチを差し出す万葉。

 二人、目が合う。悲しそうにほほ笑む万葉。

 万葉、貴の口元の血をぬぐってあげる。

 貴、愛しそうな目で万葉を見上げる。

女子学生の声「先生、こっちです!」

教師の声「あ、いたいた。額田君、大丈夫か?」

 女子学生二人、教師一人が貴にかけよる。

 一瞬そっちを見る貴。

 万葉の姿はもうない。

 

○興福寺の五重塔を臨む猿沢池の袂(夜)

 ライトアップされた五重塔が美しい。

 意気消沈の貴(二十三歳)、池のほとりに佇む。思いつめたような表情で水面を見つめている。

声(万葉)「この池じゃ、死ねないわよ」

貴、びっくりして声のほうを見る。

万葉、薄暗がりのなかに立っている。

貴 「あなたは……」

貴、万葉に近づこうとするが、足がすくんで動けない。

貴 「あなたは、いつも僕を見つめていてくれた。あなたは、いったい誰なんですか?」

万葉「……」

貴、何か言おうとするが言葉が出ない。

二人、しばらく無言で猿沢池の水面(みなも)を見つめている。

貴 「大学を出てもう、一年、就職浪人やってます」

万葉「……」

貴 「だからっていうんじゃないんですが、再婚する母に、素直におめでとうって言えなくて」

万葉「……」

貴 「なんか、ひねくれちゃってますよね、俺」

貴、自嘲的に笑う。

万葉、優しくほほ笑む。

万葉「あなたのおかげよ」

貴 「――え?」

万葉「あなたのおかげで、私は幸せに死ねる」

貴、混乱する。

貴 「なにを言ってるんですか?」

 万葉、答えない。

 二人、しばらく沈黙。

万葉(つぶやくように)「はだすすき、穂には咲き出ぬ恋をぞ我(あ)がする、
  玉かぎる、ただ一目のみ見し人ゆゑに」

貴 「……万葉…集……?」

万葉、無言でほほ笑み、暗がりのなかに消える。

貴、びっくりして万葉が立っていた場所に行く。後ろから貴のほほに触れる手。
振り向くとすぐ目の前に万葉の顔がある。愛しそうな顔で貴を見ている。

 貴のほほにキスをする万葉。

万葉「……ありがとう……」

貴、目を閉じる。

目を開けると、万葉の姿はもうない。

一瞬、立ち尽くす貴。

 そして万葉の姿を捜すが見つからない。

 

○貴の回想

 会社の面接を受ける貴。

 スーツを着て電車に乗り込む貴。

 会議でプレゼンをしている貴。

そんな貴の姿に重なって、貴の声。

貴(独白)「僕は待った。彼女に再び会えるのを。ただ、ひたすら、ひたすら、待った」

再び、貴の仕事をする姿。生活する姿。

貴(独白)「でも、彼女はそれっきり、僕の前には現われてくれなかった」

 

○オフィス

 事務服を着た若い女性(貴の未来の妻・由紀)、上司らしい男性にみんなの前で紹介される。貴と目が合う由紀。はずかしそうに一瞬目をふせ、もう一度貴を見る。

 

○街の中

雨が降っている。

 貴、由紀と二人で一着のコートを傘代わりに引っ掛け、雨のなかを走っている。

 ビルの軒先で雨宿りして笑う二人。

 

○レストラン

 テーブルにつく貴と由紀。

 貴、小さな箱を由紀に渡す。

 由紀、箱を開ける。ダイヤの指輪が入っている。嬉しそうな笑顔の由紀。

 

○教会の鐘

 

○産院の病室

 赤ん坊の傍らで幸せそうに笑う貴と由紀。

 

○マンションの一室(夜)

 ボストンバッグに荷物をつめる由紀。

 貴、その様子を覗く。

由紀「パパ、支度できたよ」

貴 「サンキュ」

由紀「嬉しいでしょ。奈良に出張」

貴 「そうだな」照れくさそうに笑う。

由紀「不思議と郷愁にかられる街だったっけ。パパにとって」

貴、笑う。

由紀「初恋の人に出会った街だったりして」

貴 「ま、そんなとこかな」

由紀「ええっ? 聞き捨てならない!」

笑いながらふざけあう二人。

隣の部屋で、幼稚園児くらいの男の子(貴と由紀の子)が気持ちよさそうに寝ている。

 

○奈良県下のオフィス街・ビルのフロント

スーツ姿の男性とお辞儀を交わして表に出る背広姿の貴。

 

○走る電車の中

 ラフな服装の貴、窓の外の奈良の風景を見ている。

 

○曽爾高原

清清しい顔でゆっくりと歩いている貴。

ススキの原のなかに立っている後姿の女性(万葉)。

貴が通りかかると、万葉、人の気配に少し驚いたように振り返る。

万葉、暗い顔。

貴、驚いた顔。

貴 「あなたは……」

万葉(不審そうな顔)「え?」

貴、万葉に近づく。懐かしそうな顔の貴。

逆に変な人を見るような目で貴を見る万葉。

万葉「何でしょうか……?」後ずさりする。

万葉、顔色が悪い。苦しそうだ。

貴 「何故、何故今ごろ……。あんなに待ってたのに」

万葉「何を言ってるんですか?」

貴、万葉の手を取る。

貴 「会いたかった……」

万葉、驚いて身を引く。それと同時に、万葉の手から睡眠薬の瓶が落ちる。殆ど空(から)だ。

貴びっくりする。

貴 「君は、何を……」

しばらく無言で見つめ合う二人。

貴、悲しさで顔がゆがむ。

万葉「――どうせ死ぬのよ、私……」

万葉の目から一筋の涙がこぼれる。

しばらく無言で見つめ合う二人。

曽爾高原のススキが風になびく。

貴(しぼり出すような声で)「だめだ。死んじゃだめだ。そんな悲しい顔しないでくれ」

思わず万葉を抱きしめる貴。

万葉、びっくりする。しかし一瞬、幸せそうな顔をする。そして気を失う。

貴、万葉を支えながら何か叫んでいる(声は聞こえない)。

二人の姿、俯瞰。曽爾高原の風景。

 

○貴の幼少期、思春期、青年期、万葉と過ごした時間、フラッシュ。

 

○曽爾高原(別の日・夕方)

一人で佇む貴。その姿に重なって、万葉の声。

万葉(声)「そう、額田貴さんっておっしゃるのね。
  あなたとお会いしたのは、あの日が初めてでした。
  不治の病に悩んで、自ら命を絶とうとしていたあの時、あなたは私の前に現われた」

 

○病室(回想)

ベッドに体を起こして外を見ている万葉の後姿。その姿に重なって万葉の声。

万葉(声)「男の人に、あんなに愛しそうな目で見つめられたのは初めて……。
  あんなに優しく抱きしめられたのは、初めてでした。
  あの瞬間、満たされた私の魂は不思議な力を得、時空を飛んだのです」

 

○奈良公園

貴にだっこされ、鹿にせんべいをあげている男の子。優しく見つめている由紀。その姿に重なって万葉の声。

万葉(声)「あなたがこの手紙を読む頃、私はもうこの世にはいないでしょう。でも安心して。
  決して自らその命に終止符を打ったのではありません。私は寿命を全うしたのです」

 

○病院のカウンセラー室

テーブルを挟んで医師と向かい合う貴。

白い封筒をテーブルの上に出す医師。

医師の声(遠くから聞こえる感じ)「あれから、二週間後でした。とても安らかでした」

医師の声に重なって万葉の声。

万葉(声)「あなたのおかげで、穏やかに……」

 

○曽爾高原

手紙を手にして佇む貴。

その姿に重なって万葉の声。

万葉(声)「……その時を迎えられる気がします。
  ただ一度お会いしただけの、あなたのおかげで……」

 

○曽爾高原

誰もいない。

ススキが、さやさやと風に揺れている。

風景に重なって文字。

文字「はだすすき、穂には咲き出ぬ恋をぞ我(あ)がする。玉かぎる、ただ一目のみ見し人ゆゑに」

文字「はだすすきの穂に咲き出さないようなひそやかな恋を私はします。
  ただ一度だけ、お会いした方なのに。万葉集第十巻より。詠み人知らず」

曽爾高原の風景、広がる。

 


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